2025.04.16
定年や早期退職を機に近居・同居しても、家族介護がうまく行かない理由
2025.04.16
定年後や早期退職をして、親孝行のために地元に帰って面倒見てあげたい、と漠然と考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これまで仕事に充ててきた時間を家族介護のために使うことはお勧めできません。その理由について事例を通してお伝えさえていただきます。
●定年を期に地元へ移住したAさん
これまで親の面倒を見てこなかったAさんには後ろめたい気持ちがありました。そこで、「定年後は親の面倒を見ながらのんびり暮らしたい」と夫に相談。意外にも好感触で定年後に故郷へ移住することになりました。
移住後、父親が脳出血になり、右半身に麻痺が残りました。入院経験のない80代半ばの父親は「お願いだから早く退院させてくれ」と繰り返し訴えます。母親も「家で看病したい」といい、Aさんは父親の介護をすることになりました。
父親の介護は、想像よりもはるかに大変で、利き手が動かないために食事の全てに介助が必要です。リハビリのために父親を散歩に誘うも「足が痛くて無理だ」と断ります。入浴をシャワーで済ませると、「湯舟に浸からせろ!」と声を荒げることも。夜間には3~4回、Aさんと母親が交代でトイレに連れていきます。
忙しい仕事にも耐えてきたAさんでも、父親の介護に疲れ果て、母親に「ヘルパーさんに手伝ってもらおう」と相談。しかし「お父さんが嫌がるし、他人を家に入れたくない」と拒否されます。ついにAさんは、散歩を拒否する父親に「ちょっとは協力してよ!」と声を荒げました。離れて暮らす弟は「ほっとけばいいんじゃない」と気のない返事をされ、がっかりするだけでした。
●認知症の母親のために早期退職したBさん
父親が亡くなり一人暮らしのBさんの母親が、「あなたの子は何歳になった?」「お父さんがいない」と同じ質問を繰り返します。心配したBさんは、帰省する頻度を高めて物忘れが進まないように、なるべく話しかけるようにしました。
ある日の夜中「お母様を交番で保護しています」と警察から電話が入りました。深夜にスーパーへ出かけて、道に迷ったのです。その後も同じようなことがあり、睡眠不足に。Bさんは仕事でミスをすることが増えて、早期退職を選択しました。
実家に戻ったBさんは「今度はこれが自分の仕事だ」と、母親の介護に取り組みます。しかし、母親は食後に食事を作り始めたり、夜中でも外へ行こうとします。母親から目が離せなくなり、疲れ果て「こっちの言うことを聞いてくれよ!」と、怒鳴ってしまいました。
●仕事を家族介護に置き換えるのは難しい
定年後や早期退職をして、親のサポートする前に「本当に家族でサポートするのが親のためになるのか?」と、一度、具体的にイメージしていただきたいのです。
離れて生活していた時間が長ければ、それぞれの生活習慣は大きく異なっています。また、家族介護で仕事のような充実感や達成感を得られることは、ほとんどありません。
●家族介護の責任を取る必要があるか
そもそも家族だからといって、老いていく親の生活に責任を取ることが、本当に必要なのでしょうか。責任を家族だけで取ろうとすると、「勝手に一人で出かけるな」などと親の生活を制限する結果になってしまいます。同居で老いた親の生活の“解像度”を上げれば、できていないことばかりが目につき、介護タスクは無尽蔵に増えていきます。
介護サービスに頼ろうとしても、Aさんの母親のように拒否されたり、Bさんのように頼む余裕すら失ってしまうこともあります。いずれのケースも、親が元気なうちから地域包括支援センターに電話して「いざ介護が必要となったら、この地域ではどのようにサポートしてもらえるのか」と相談しておくことが必要でした。
Aさんには、「右半身麻痺の方を家族だけで介護するのは、非常に無謀で危険な選択です。リハビリをして自宅での介護体制を整えてから退院しましょう」と提案してもらえるでしょう。
Bさんには、「お母様が自宅に帰れなくなった時のために見守りネットワークや自治体が貸し出しているGPS端末を活用して、ゆるやかな見守りをしながら介護サービスを導入していきましょう」と適切なアドバイスがしてもらえます。
●介護の目的と手段が入れ替わってしまわない距離感
家族介護の目指すべき目的は「要介護であっても穏やかで継続性のある生活をすること」であると考えています。手段と目的が入れ替わってしまわないよう、冷静な判断をする適切な距離感が必要です。定年や早期退職をきっかけに、家族の介護の前に、自身がよりよく生きる今後の生活環境を考え、家族の適切な距離感を捉えなおす機会としてください。