2024.09.04

お金をかけても家族介護の不安は解消されない

2024.09.04

お金をかけても家族介護の不安は解消されない

 「親の老後資金がない中で、施設に入れるお金をどうすればいいのか」など、介護相談ではお金と介護についての質問を数多く受けています。多くの方が「十分なお金があれば、より良い介護が受けられる」とイメージしているようです。しかし、多額のお金をかけたにもかかわらず、質の低い介護となってしまうケースが少なくありません。そこで今回は、多額のお金をかけた失敗事例から、こういった事態を防ぐ心構えについて、お伝えしたいと思います。

●24時間365日のホームヘルパーサービスを実施
 Aさんの母親は70代で要支援2ですが、転倒を繰り返すようになりました。Aさんは転倒して骨折し、寝たきりになることを心配していました。しかし、Aさんの仕事はリモートではできず、母親を見守ることは難しい状況。仕事を集中するために睡眠時間の確保も必要で、夜間に何度も起きる母親の対応に限界を感じていました。そこで、預貯金を切り崩しながら月100万円ほどかけて、母親に24時間の住み込みのヘルパーさんを付けました。
 Aさんの母親は、庭いじりや手芸などの趣味を持ち、自分で買い物に行き料理をしていました。住み込みのヘルパーさんが来るようになって数か月後、母親は趣味も料理もできなくなりました。「母を転ばせないように!」というAさんの強い要望のために、母親の行動を先回りして、全てヘルパーさんが行っていたためです。母親はソファーかベッドで、ぼーっとしている時間が多くなり、介護状態が悪化。あっという間に要介護3の認定を受けることになりました。

●クリニック併設の高級老人ホームへの入居
 80代後半のBさんの父親は、一人で証券会社に行き、株の取引の相談ができるほど元気でした。それでも物忘れが気になったBさんは、「父さん、老人ホームに入ってくれ。何かあっても仕事が忙しくて対応できない」と説得。しかし、父親は聞く耳を持ってくれません。Bさんは父親に「1週間入所体験をして、気に入らなかったら二度とこの話はしない」という提案をしたところ、父親がしぶしぶ納得。その老人ホームは入居金5,000万円・月額80万円という、高級な老人ホームで、併設のクリニックからは24時間医師が駆けつけてくれます。介護スタッフも潤沢に配置、介護技術に加えてホテルマンのような教育もされていました。居室も50㎡を超え一人で生活するには十分なスペースもあります。
入所体験を終え、帰宅を望む父親にBさんは「いいところだから、もう少しいて欲しい」とお願いしました。すると父親は「約束が違う!」と、1日に電話を30回以上もかけてきます。それが数日続き我慢できなくなったBさんは、父親が寝ている間に携帯電話を取り上げてしまいました。

●家族介護の不安はお金で解消できない
 AさんもBさんも、金銭的に余裕があったため、住み込みのヘルパーさんの依頼や、高級老人ホームへの入居を選択できました。「親にそこまでお金をかけられるのは、大変な親孝行だ」と周りからは称賛され、誰も止めてくれません。その結果、Aさんの母親もBさんの父親も、大切な「生きがい」を失ってしまいました。客観的な視点で考えると、多額のお金をかけて生活の質を落とした結果になっています。見方を変えれば、金銭的余裕がなければ、このような選択をせずに済みました。
 残念ながら、家族介護の不安はどんなにお金をかけても解消することはできません。重要なのは、老いてできなくなることが増えていく家族と無理なく付き合う距離感を維持することです。
AさんもBさんも親のことを至近距離でしか考えられていませんでした。「母親はなぜ転倒しても買い物に行こうとするのか」「父親にとって株の価格を確認する楽しみは何か」など、リスクがあっても得られた生きがいに着目できる距離感を大切にするべきでした。リスクばかりに着目すれば、不安だけが強くなり目標や目的が見えなくなってしまうのです。