2022.07.20
仕事をしながら認知症との上手な付き合い方
2022.07.20
親に物忘れが目立ってきたことで、将来の介護に不安を感じている方は少なくありません。ただ、仕事のように課題解決思考で取り組むと、むしろ状況を悪化させてしまう可能性があります。
●久しぶりの帰省で母親の変化に気付く
40代のAさんは東京在住で、70代の母親は福岡で一人暮らしをしています。コロナ感染が落ち着き、Aさんは久々に帰省しました。
帰省して驚いたのは、きれい好きな母親だったのに、家の中が散らかり、洗濯物は干されたまま、台所には食器が溜まり、お風呂場も浴槽の掃除ができていません。母親は「腰が痛くて浴槽の掃除ができないから、シャワーだけにしていたけど、それ以外は今までと変わりはないよ」と答えます。
母親が作る味噌汁の味が濃く感じて「ちょっと濃くない?」と聞くと「昔のままだよ」と言います。テレビを見ているとコマーシャルのたびに「子どもは何歳になったかね?」と質問を繰り返します。Aさんは「このまま一人暮らしをさせていたら、ボケてしまうのでは…」と焦りました。
●母親を見守るために実家でテレワーク
大阪で暮らす兄に相談すると「まさか母さんが…」と驚き、「仕事が忙しくて実家に戻るのは難しいし、引き取るのはちょっと…」という反応。そこでAさんが実家でテレワークをして母親を見守ることにしました。
まず、Aさんは家の掃除に取り掛かりました。すると「私の財布を見なかった?」と何度も聞いてきます。「引き出しにしまっていたよ」と返すと「そうだったかな」というやり取りが繰り返されました。
Aさんは味が濃くなりがちな母親に代わり、慣れない料理をするようになりますが「こんな薄味じゃ食べた気がせんよ」と文句を言われる始末です。
●懸命に介護するも休職に追い込まれる
母親から「私の財布知らない?」と聞かれる回数が1日に20回を超え、オンライン会議中も聞いてくる母親に「会議中だから話しかけないで!」と、口調が強くなってしまいます。
母親の腰痛を診てもらうついでに、物忘れ外来を受診すると「初期のアルツハイマー型認知症」と診断されました。医師の勧めで、介護保険を申請。認定までは1か月半かかることが分かりました。
母親の探し物は通帳や印鑑にまで及び、声を掛けられ続ける日々にAさんのイライラが募り、つい怒鳴ってしまい自己嫌悪に陥ります。
認知症の薬を飲んでもらうために「お薬カレンダー」を購入、日付ごとに薬を小分けにしても、「どこも悪くないから必要ない」「飲むと頭が痛くなるから嫌だ」と飲んでくれません。「飲んだ」と言いながらゴミ箱に薬が捨てられていると、Aさんは悲しい気持ちになりました。
介護認定の結果は「要介護1」。ケアマネジャーや介護サービスの利用を勧めても「知らない人が家に来るのは嫌だし、知らない人がいるところに出かけるのはもっと嫌だ」と強く拒否。Aさんは母親の介護で体調を崩し、休職することになりました。
●課題解決思考による対応が母の混乱を助長
認知症となった家族と上手に付き合うポイントは「なるべく生活に変化を与えないこと」。認知症によって短期記憶の低下が見られるとき、新しい記憶をキャッチすることに強いストレスがかかります。
Aさんが課題解決思考で「母のために」と頑張った、自宅の片づけ、お風呂場の掃除、薬の管理などは、母にとっては新しい記憶のキャッチが必要となるため、強いストレスがかかります。事前に説明しても、そのやり取りそのものを忘れてしまうため、母にとっては「いきなりされてしまったこと」になるのです。
一見、課題ばかりの生活も、慣れ親しんだ生活スタイルそのものが、母の安心を支えています。テレワークなどで直接見守り、つい手を出して混乱を招くのであれば、母の生活実態をサポートしてくれる介護のプロに現状を伝える役目に徹することで、母にとってよりよいケアにつなげることができます。